2026/01/12

2025年 『Movement』ブルーレイ ライナーノーツ スティーブン・モリス

 「Movement」について スティーブン・モリスとの対談

「Movement」は、イアンを失ってから間もなく録音されたニュー・オーダーの最初のアルバムです。それらのセッションは特に難しかったかと思いますが、それはサウンドにどの程度影響しましたか?

サウンドについてはマーティン・ハネットの制作"技法"に拠るところが大きい。レコードを作った時の雰囲気は、悲劇的な状況で友人を失ったばかりのショックと悲しみと、イアンなしでジョイ・ディヴィジョンになろうとしているように思われたくない、でもどうすればいいのか分からない、という不安が入り混じったものだった。

僕らはジョイ・ディヴィジョンの時とほぼ同じやり方で、かなりはやく曲を書いてデモを作った。僕にとっての出発点は「Truth」と「Doubts Even Here」で、BOSS DR55ドラム・マシンを使ったことと、新しく手に入れたSimmons SDS5シンセ・ドラムを、必要かどうかに関わらず、それらを曲に落とし込もうとしたことだった。

もちろん、ジリアンの加入も深いところで影響した。物事が進むにつれて事態が回復することを期待していた。それは彼女にとって簡単なことではなかった

あなたはジョイ・ディビジョン後の自分の道を見つけ始めたばかりでした。何か違うことをしようとしたのを覚えていますか、それとも自然だと思うことを続けただけですか?

ジョイ・ディヴィジョンであったということだけが僕らが分かっていたことだったが、マーティンのプロデュースはバンド内にとって論争の種であり、それがジョイ・ディヴィジョンのレコードのサウンドの大部分を占めていた。

諦めるという選択肢は無かった。北方人らしく、僕たちは勇敢な顔をしてただ前進した。正直に言うと、他にできることも無いと思っていた。

したがって、僕たちは以前とほぼ同じ方法で作業を続けたが、以前と同じになることは決してないことは分かっていた。それはジレンマだった。

マーティンも同様だったかは分からない。彼が何を考えているのかを理解するのはいつも難しかったから。彼は僕たちが時間を無駄にしているのではないかと思ったようで、僕たちと彼との関係はどんどん悪化していった。

今にして思えば、マーティンはイアンの死により、本人が思っていた以上に大きな影響を受けていたと思う。しかし、僕たち全員と同じように、彼もそれを見せたくはなかった。1970年代に生きる男は、エモーショナルになることは弱さの表れとみなされていたから。

彼は自分の信念を貫き、これまでのように僕たちにただファック・オフと言うのではなく、渋々バンドの監督を引き受けた。

「Movement」セッションの終わり、マーティンがマーカス・スタジオでの12インチ「Everything's Gone Green」のミキシングで怒りを爆発させ出て行ったことで事態はついに頂点に達した。

「Movement」における最も大きく、最も明白で、最も不自然な変化のように感じられたのは、ボーカルとそれに伴う歌詞の執筆という厄介な問題だった。

全員が歌と歌詞に挑戦し、さまざまな熱意を持って取り組んだ。スタジオ作業に不慣れだったジリアンでさえ、マーティンに励まされ「Doubts Even Here」でボーカルに挑戦した。彼女が歌った言葉は、ロブ・グレットンの提案により、著作権がとうの昔に切れており、神は誰も訴えないという考えのもと、聖書から引用された。

マーティン・ハネットのプロデュースがアルバムに何をもたらしたと思いますか?

当時もその後も、長い間、僕は「Movement」を聴かないように最善を尽くしていた。このアルバムを作るのは大変だった。それは主に僕たちが全力で否定しようとしていた感情的な動揺のせいだが、「Movement」を聴くとあの時の感情がすべて戻ってきた。

もちろん、僕たちはマーティンのしたことに不満だった。それは、僕たちがライブで演奏する際に、その曲が持つべきだと思っているエネルギーを彼が骨抜きにしてしまったことに対するいつもの不満だった。

僕たちはいつも、もっと生々しく、ロックなサウンドを望んでいたのだが、マーティンはそれを水っぽいサウンドにしてしまった。当時、僕たちはそんな風に思っていた。

僕にとって状況が変わったのは、90年代後半から2000年代初頭にかけて、店(アーバン・アウトフィッターズなどの)で「Chosen Time」がかかっているのを聴いたときだった。最初はそれだと気付かず、ただ「おい、これはかなりイイ音だぞ」と。ニュー・オーダーのようなサウンドを試みている新しいバンドだとだと思っただけだった。まったく時代遅れには聴こえなかった。

それ以来、このアルバムの良さを理解するようになり、悲惨な思い出からは程遠いものであるという意見に落ち着いた。

スティーヴン・ウィルソンがドルビー・アトモスのミックスを担当したことで、僕は何十年ぶりにマルチトラックテープを聴き返し、マーティンがミックスに加えた労力とディテールの量、そしてトラックの録音と構成がいかに優れているかを理解し始めた。

以前はそれに対して少なからず不公平さを感じていたのだが、実際あのアルバムをあのように作らなかったら、その後の展開も違っていただろう。辛かったけど、長い目で見れば価値ある経験だった。

振り返ってみて、アルバム制作中の一番の思い出は何ですか?

特に「Chosen Time」で、なんとかマーティンを満足させようとシモンズでオーバーダブをするのが楽しかった。バンドの残りのメンバーは退屈でコントロール・ルームから出て行った。

Trout Mask Replica」のレコーディングについて読んだ文章に触発されて、彼は再びドラムを叩くというアイデアを思いついたが、トラックは聞かずに完全な静寂になるまでただ叩き続けるだけ。それはもう楽しかった。僕はマーティンの奇抜な実験をいつも楽しんでいた。

今、「Movement」を聴き返したとき、あなたが変えたいと思うこと、特に誇りに思っている瞬間、またはそれに対するあなたの見方が時間の経過とともに最も印象に残ることは何ですか?

僕が最も誇りに思っていることは、実際に「Movement」を作ったことだと思う。もちろん欠点はあるが、今の僕にとって(おそらく偏見があるが)、僕たちは非常に困難な状況下で最善を尽くし、非常に緊密で創意に富んだ絆であったように思える。

アトモスでアルバムを聴いて、特に印象に残ったことや瞬間はありますか?

アトモスでこのアルバムを聴くのはとても魅力的で、古い決まり文句で言えば「啓示」だった。マーティンが加えた(僕たちをイライラさせた)細やかなディテールやエフェクト、彼が曲に与えた途方もない空間感覚は、以前の僕には理解できないものだった。こんなことを言うとは思ってもみなかったが「Movement」を聴くのは楽しかった。

今、僕にとって悲しいことは、マーティンがこれを聴くことができないということ。彼の作品はまさに空間オーディオに向いていると思うから。また彼は、僕たちの初期のいくつかのギグでライブサウンドも担当してくれた。そこでは、初期の3Dライブサウンドの(やや壊滅的な)試みとして、ピンク・フロイドのクアドラフォニック・サウンドシステムの要素を使用することを主張した。それはあるギグでは素晴らしく聞こえたが、別のギグでは完全な不協和音となった。

マーティンは常に時代の先を行っていた。しかし、僕たちはライブクワッドサウンドを再び試すことはなかった。


スティーブン・モリスによるアトモスへの思い

1970年代初めの若くナイーブな音楽愛好家であり、ハイファイマニアだった僕は、従来の2つのスピーカーより、もっと多くのスピーカーから聴けば、レコードの音はもっと良くなるはずだという考えに取りつかれていた。スピーカーの数が2倍になれば、音も2倍良くなるのは明らかだと。

クアドラフォニック・サウンドは、まさにこの考えの最初の形だった。ピンク・フロイドやクラフトワークの音楽が部屋中に響き渡るというアイデアは、僕にとって刺激的かつ、少しばかり吐き気を催すものだった。

しばらくの間は流行した!クアドラ・サウンドこそが未来だと!叔母のお気に入りだったマントヴァーニでさえこの流れに乗った。

僕にとってそのバブルが崩壊したのは、これがどれほど高額で複雑なシステムになるかを知った時だった。3つの競合するシステムは僕を混乱させるばかりで、ターンテーブルへの行き帰りにつまずく可能性のある配線によって、いつ事故が起きてもおかしくなかった。

次第に僕は懐疑的になり、どうせ耳は2つしかないんだから、よほどハイにでもならない限り、それほどの違いは無いだろうと自分に言い聞かせることにした。

ベータマックスのようにクアッドは衰退したが、サラウンドサウンドのアイデアは決して消えることは無かった。映画館では、ヘリコプター、銃声、爆発、エイリアンのSF的効果音と相まって、退屈な映画に新たな次元を与え、見事に機能した。

これが我が家での音楽鑑賞の楽しみをどう向上させるのか、まだ見当もつかなかった。だって面倒すぎるでしょう?

時が経ち、老後、僕は10代の頃に愛聴したバンドのボックスセットをこぞって集めるようになった。これらのボックスセットには、5.1サラウンドミックスと呼ばれる音源が収録されていることが多く、それらは聴くこともなく放置されていた。相変わらず、スピーカーケーブルにつまずいて死んでしまうんじゃないかと心配だったのだ。

それは、周囲の若い人たちに「ホームシアター型ゲームシステム」を買うように勧められるまではそうだった。もっとリアルにゾンビを追い詰めて、倒せるようにするためだった。そのシステムを慎重に配線しているうちに、放置していた無数のディスクをPS4のスロットに挿したら面白いかもしれないと思いついた。

それは確かロキシー・ミュージックの最初のボックスだったと思う。最初は少し懐疑的でだったが、没入感のある音楽は面白くて楽しいものになり得ると気づき始めた。

ドルビーアトモスは数え切れないほど多くのスピーカーを消費する(気をつけないと34個にもなります)。適切な素材と適切なリスニング環境があれば、これは音楽を聴く全く新しい方法になるかもしれないと気づいた。

僕のお気に入りのサラウンドミックスはどれも多才なスティーヴン・ウィルソンによるものだと気づいたので、ニュー・オーダーのアトモスミックスの話が出た時、彼が僕のリストの一番上に挙がり、こうして実現したのだ。